【第11回】上原浩治に学ぶ「役割分担」の重要性=濱潟好古

【第11回】上原浩治に学ぶ「役割分担」の重要性=濱潟好古

「いやぁ、もう便利屋です」

 

2018年3月30日に開幕した日本プロ野球。

今年は開幕から阪神対巨人の伝統の一戦というプロ野球ファンとしてはついつい興奮してしまう好カード。

 

そして、開幕2戦目の3月31日、ついにあの「男」が東京ドームに帰ってきた。読売巨人軍背番号11上原浩治。

 

上原の登場と同時に巨人ファンのみならず、阪神ファンまでもが割れんばかりの大歓声。東京ドームが揺れに揺れた。ドームに行けなかったことをここまで残念に思ったことは近年ない。いや残念というレベルではない無念と言った方が良いか。敵味方関係なく雰囲気をここまで変えることができる野球選手は上原くらいしかいないのではないだろうか。

 

上原浩治42歳。高校時代はほぼ無名の選手だった。なんと控え投手だ。ちなみに同級生には後の日本ハムに入団し、メジャーリーガーにもなる建山義紀がいた。将来の夢は体育教師をロックし、夢をかなえるために大阪体育大学への進学を考えるも無残にも不合格という現実。そして浪人することを選ぶ。この選択が彼の人生を変えることになる。

浪人しながらトレーニングに励み、さらには家計への負担を減らすために夜間は道路工事のアルバイトもこなしている。この時点で誰もが上原がこんな選手になるとは思ってないだろう。本人ですら思っていなかったに違いない。

開花するのは大学時代だ。阪神大学リーグで目玉選手として活躍し、第13回インターコンチネンタルカップの決勝では当時国際試合151連勝中だったキューバ相手に勝利投手となる。一般社会に置き換えると、とある保険の新人営業マンが151カ月連続でトップセールスを張り、もはや伝説となっているベテラン営業マンを追い抜く的な感覚だ。

大学卒業後はメジャーリーグか日本の国内リーグかを悩みに悩みぬいた結果、読売巨人軍を逆指名する。ちなみに平成の怪物松坂大輔も同じ年に西武ライオンズからドラフト1位指名を受けている。浪人時代の1年間を忘れないようにと選んだ背番号が「19」というのは有名な話だ。

1年目から文句のつけようのない成績を残す。新人投手としては19年ぶりに20勝を記録し、最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振に最高勝率の投手主要4部門を制し、新人王と沢村勝のダブル受賞。自分自身を「雑草」に喩えた「雑草魂」は1999年の流行語大賞に選ばれている。もはや社会現象だった。

日本で数々の実績を残し、2009年には海の向こうのメジャーリーグに挑戦する。中継ぎ、抑え投手として活躍し、2013年には日本人初のワールドシリーズ胴上げ投手にもなっている。

 積み上げた日米通算成績は134勝、128セーブ。もはやレジェンドの域だ。

 

その上原が戻ってきた。

冒頭の「便利屋発言」は日本復帰の初登板でのヒーローインタビュー時にインタビューアーから役割を聞かれたときに上原個人が発したものだ。

かつては、先発にこだわり、外国人相手にも真っ向勝負を挑んだ「雑草」の優等生発言に驚いたと共に感動をおぼえた。

 

本コラムはリーダー、マネジメントといったことをテーマにしている。結論から言うと、自分の「役割」を知っているリーダーは意外に多い。リーダーの「役割」とは「メンバーのポテンシャルを最大限に引き出し、メンバーの力を借りて、チームとして最高のアウトプットを出すことだ」。名プレイヤーだったが、メンバーの力を引き出し、その力を借りることができないリーダーは優秀なリーダーとは言えない。では、メンバーはどうだろうか。チームメンバー全員が自分の役割を言語化することができるチームは少ない。チームメンバーが自分の「役割」を仮に把握していないとしたらそれはリーダーの責任だ。そして、メンバー個々の「役割」があいまいなチームは最高のアウトプットを出すことはできない。

 

私事で恐縮ではあるが、かつて部下の1人に中国籍のJさんがいた。中国の大学を出て日本に留学して4年制の大学を卒業して入社してきた。

非常に頑張り屋であったが、日本語レベルでは他の営業マンにどうしても劣ってしまう。他の営業マンが次々と成約を上げていく中、Jさんはなんかなか成約にまでたどり着くことができない。特にお客様との電話のやり取りを苦手としていた。このままではよくないと思い、Jさんと話し合い、電話がダメならダイレクトメール(以下、DM)を使って営業を行うように指示をだした。

Jさんの中では「自分は頑張っているのに」という自負もあったのだろう。最初はとにかく難色を示した。確かにそう思うのも当然だ。そもそもJさんは、キャリアを成功させようと中国から日本にきている。プライドもあるだろうし、何よりも同僚たちより劣っているという理由でDM営業をやらされると思っていたようだ。

私はJさんと腹を割って話し、DM営業の「目的」「重要性」「必要性」を説明した。DMの先には困っているお客様がいるかもしれない。とても大切な業務であることをJさんに伝えた。

そして何よりも常日頃、気づかいもできるし、細かいところにもよく気づくJさんには適材適所だと思っているという自分の気持ちも伝えた。Jさんは納得したようで、その日からDM営業を行うようになった。

 元々、頑張り屋なので、とにかく夜遅くまで頑張っていた。お客様の反応を見ながらDMの内容も変える。DMの内容に関しても、私に何度も相談があった。JさんのDMに対する熱意は本当にすさまじかった。

 3週間ほど経った頃にJさんが送ったDMに対して反応が出始める。1カ月を経過したころには商談にもつながる。そして、2カ月が過ぎようとする頃にめでたく初成約を上げた。あの時のJさんの喜んでいる顔は忘れない。

 その後はコツをつかんだのか。Jさんは次々と成約を上げていく。いつの間にか単月ではあるが、事業部の中でも1番の成績になっていた。めでたく社内MVPも獲得した。表彰時に役員の一人がJさんに訊ねた。

 

「おめでとう。毎日、DMばかりでしんどかっただろ?よく頑張ったね」

 

Jさんは静かに答えた。

 

「いいえ、1通1通思いを込めて、送った先のお客様の喜ぶ顔を想像しながら送っていました。しんどいことなんて何一つありませんでした。今はこのポジションに感謝しています」

 

 最初は他の同僚たちに劣っているという理由でDM営業をやらされると渋っていたJさんが、こんなことを言ってくれるとは夢にもおもっていなかったのでとてもうれしかった。リーダー冥利に尽きるとはこのことだろう。

 その後、DM部隊の人数は増えて、Jさんを中心とするDM部隊は事業部にとって大切な収益源になった。

 

 自分の役割を知っているリーダーは多い。だが、メンバー1人ひとりの役割をしっかりと伝えて、メンバー1人ひとりに納得してもらい、チームとして最高のアウトプットを出し続けているリーダーは思っている以上に少ない。

 

 リーダーはメンバー1人ひとりのポテンシャルを最大に発揮させなければならない。その第1歩がリーダーはメンバー1人ひとりにチーム内での役割を周知徹底させることだ。

 

  • リーダーが役割一つひとつの「目的」「重要性」「必要性」を明確にしている
  • 役割を果たしたときのイメージをチームで共有している
  • 一人ひとりが最大のパフォーマンスを提供している
  • 無駄な役割なんて一つもないとチーム全体に浸透している

 

これが「役割分担」するときのルールだ。根底にあるのは、1人ひとりの負担を減らす

ために役割を分担するということではないということだ。「役割」とはメンバー1人ひとりが最大級に活躍する「場所」のことだ。

 1人ひとりが与えられた「場所」で最大級の活躍をすることにより、チームのアウトプットは劇的に上がる。何よりもチームの雰囲気が良くなる。

 

「人は城、人は石垣」

 

 かの有名な戦国武将の武田信玄の言葉だ。大小の石が集まって初めて城は出来上がる。小さな石一つでも欠けたら城は崩れる。

 無駄な役割なんて一つもない。

 リーダーはメンバーが最大級に活躍できる「場所」を提供しなければならない。それがリーダーの役割だ。

 リーダーが「役割」を全うした先には「成功」しかない。

 

 話を先の上原に戻す。

 日本球界に復帰する際に、読売巨人軍の監督である高橋由伸と起用方法であったり、役割であったりと様々な話をしたのだろう。高橋と上原は同い年、さらには誕生日まで同じだ。同級生であり、元同僚でもある。ただ、今は監督と選手の関係だ。それぞれの役割がある中、上原は自分が「便利屋」になることを4万人以上の観衆の前でコミットした。日本生まれ、アメリカ育ちの「雑草」の魂込めたこの言葉を決して忘れない。

 便利屋として最高のパフォーマンスを発揮している上原の今シーズンを期待している。

 

 

濱潟好古

チームマネジメント・人材育成コンサルタント。
株式会社ネクストミッション代表取締役。
1982年福岡県生まれ。防衛大学校卒。厳しい規律、徹底された上下関係に耐えきれず600名中120名の同期が自主退校する中、大学一過酷と言われる短艇委員会に入部し、日本一を2回経験。卒業後、IT系ベンチャー企業に営業職として入社。入社2年目から5年目まで売上№1営業マン。6年目に営業部長就任。防大時代に学んだ経験を元に独自に構築した「防大式マネジメント」を導入したところ、2年間で会社全体の売上を160%アップ、中堅、新人と関係なく、すべての営業マンに目標予算を達成させる。2016年、株式会社ネクストミッションを設立。「今いる社員を一流に」をモットーに中小零細企業の社長、大手生命保険会社のリーダー等に「防大式組織マネジメント」研修を開催している。

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